第壱話  第弐話  第参話  第四話  第五話  第六話  第七話  第八話  第九話  第拾話


翌朝、地下鉄を使って中環(セントラル)へ渡る。老舗の飲茶、陸羽茶室(ロウユーチャサップ)で歴史と伝統を味わう。インド人のドアマンが扉を開けて出迎えてくれるこの店は、すべてのガイドブックに載っている超有名店で、私も必ず訪れる。

この店のお茶(普耶茶:ポーレイチャ)【日本ではプーアル茶と呼ばれている】は、特記するに値する。見た目は濃いそうな黒い色なのだが、まろやかで口の中の油分を洗い流し、食欲を回復させる。お湯を足しても味が変わらないからすごい。普段家で飲んでいるものとは雲泥の差がある。午前中は点心の売り子のおばちゃんたちが、香港でも貴重な駅弁スタイルで自分の担当する点心の名前を歌い上げ、その美声が教会の賛美歌みたいに天井にこだまする。それはまるで劇場でオペラを聴いているような錯覚に陥る。もちろん点心の味に関してもすべて一級品。香港中の財界人がこの店の三階に予約席を持つことをステイタスとしているほどだ。われわれ観光客はせいぜい二階まで、三階に上がれるチャンスは少ない。(十数回訪れて1度だけしかない。)それもそのはず、かつて倒産の危機に見舞われたとき財界人の常連たちで資金を出し合い再建したのだから。2年ほど前、デベロップ会社社長がトイレで暗殺されてニュースになった。ここでもカリメロさんと7品平らげ、270ドル支払った。初日の飲茶に比べて1,500円ほど高いが納得できるだけの雰囲気と価値がある。

歴史が長い中国社会では風水、陰陽五行説などいろいろと縁起を担ぐ。黄色は金運・土地・中央、緑色は魔よけ・長寿、赤は幸福・南などを意味する。数字にもすべて意味があり、縁起のいい数字を組み合わせた車のナンバープレートは、オークションでとんでもない高値で競り落とされる。ちなみに7(ツァ)は、西洋・日本ではラッキーナンバーだが日本の4が嫌われるように死と同じ発音のため敬遠される。このため7品の料理は死者に供えられるもので、仮にレストランでオーダーしたものが7品のときは、デザートなど、もう一品勧められることがある。8(パッ)は香港ではラッキーナンバーで、漢字の八からくる末広がりの意味と発展の発と同じ発音のため、非常に縁起が良い。もし、街中で8並びのロールスを見かけたら、プレートだけで何千万円と思って間違いない。ロレックスが香港に888の出荷国ナンバーを与えているのは、巨大市場を担うスター選手の背番号と同じなのだと思う。

天星小輪(スターフェリー)に乗って九龍半島チムシャッツイに渡る。2.2ドルで約7分間のクルーズは、あらためて香港に来ていることを実感させてくれる。広東道(カントンロード)にあるLV旗艦店に立ち寄り、メイルで予約してあった品を受け取る。銀貨を買ってストレスが吹っ切れたカリメロさんが、仏心を出して奥様にバックを買っていた。地下潜伏の罪悪感、あるいはひとり旅を楽しんでいることへの罪滅ぼしなのかもしれない。

購入した荷物をホテルに置きに帰る。カリメロさんと私のすべてのカバンにワイヤーを通して鍵をかけておく。メイドの掃除中部屋の扉が開けっ放しで、持ち逃げされる可能性があるからだ。

修羅ツアーを再開し地下鉄で次の駅ジョーダンへと向かう。ここの店も小さいが個性的な品揃えが特徴で、かつてはコスモ6263やミルガウス1019など見せてくれた。どちらも割安だった。本来この店はどちらかというとバブルバック系に強い。当日、見せてくれたなかで、レプリカではあるがピンクゴールドのコンビブレスが付いた12連アラビア・シルバーマット・ペンシルハンズの14KPG/SS(約35諭吉)には、ちょと食指が動いたのを覚えている。ほかに12連アラビア・白マット・ペンシルハンズ・18KYGが53諭吉で売っていた。どの店でも同じなのだが、単に冷やかすだけでは陳列されているものしか見ることが出来ない。この店でも私の6240をチラつかせ、怪しげな広東語と英語を駆使して初めて引き出しの奥から特別な一品が出てくる。陳列にはディズニーキャラクター時計のジェラルド・ジェンダなどが飾ってあった。

隣の裕華百貨(中国系百貨店)で一年分のお茶を買い込む。カリメロさんはここで突然暴挙にでた。荷物が増えてきたのでヴィトンでカバンを買うと言っていたが、奥様のプレゼントに化けてしまったため、何かカバンを買うとおっしゃった。私はやんわりとお止めしたのだが、どうやらスヌーピーのビニールバックが気に入られたらしい。先ほどの店でもキャラクター時計に詳しかったので、意外に隠れた趣味をお持ちなのかもしれない。実は私もかつて中華系デパートで買った商品には何度も痛い目にあっている。値段は何かの間違いかと思うほど安いのだが、一度きりの使用で終わることが多い。さて、カリメロさんの特大スヌーピーバック、あれから使っているのだろうか?

第壱話  第弐話  第参話  第四話  第五話  第六話  第七話  第八話  第九話  第拾話

inserted by FC2 system