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インペリアルホテルのとなりに有名な重慶招待所(チョンキンマンション)がある。いわゆるバックパッカー御用達の安宿だ。インド、ネパール、マレーシアなどアジア人・白人・黒人など国際色豊かな連中が一日中出入りする。ここのエレベーターを使うには少しコツがいるそうだ。宿の客が地階に降りようと下行きのボタンを押してもいつも満員でなかなか乗れない。だから一度最上階まで昇って地階に降りる。そのため階段を使える下の階の宿ほど値段が高いらしい。

ここは両替所としても有名だ。通りに近い数軒の両替所はべらぼうなレートだが、怪しい雰囲気のする奥のほうの両替所は銀行よりもレートがよい。(当日一ドル約14円 1万円=HK$714)

お互い両替を済ませ、さっそく2階建てバスに乗り込む。朝食は洗衣街の新世紀広場内にある美心集団酒家(マキシムパレス)と決めていた。最近香港でも少なくなりつつある巨大レストランのひとつで、いつも五百人以上の地元の人たちでにぎわう。

点心をのせたワゴンを押しながらおばちゃんがテーブルの間を通り抜ける。

「チンマン ンーコイ イウトーヤッコアー」

「ホウア!」

アツアツの点心がテーブルに置かれ、おばちゃんが勘定書にハンコを押す。ワゴンの前に漢字で名札が書いてあるので、気に入ったものを注文する。えび蒸しギョーザやシューマイなど少し慣れればすぐにわかるし、こちらが日本人と見れば気さくに蒸篭の蓋を開けて中のものを見せてくれる。

エネルギッシュでダイナミック・・・香港の街全体がそうなのだが、とりわけローカルなレストランは特に凝縮された濃厚な雰囲気をもっている。

人びとの食に対するアツさ、まさに中華4千年の歴史、そしてコミュニケーションの濃さ、とにかくみんなマシンガンのようによくしゃべる。広東語を理解できない日本人にとっては、聞いたこともないセミの大群の鳴く森の中で食事をしている錯覚に陥る。

食事をしながらカリメロさんと今後の行動予定について打ち合わせをする。意外だがこのときカリメロさんを前にして少し緊張した。理由は分からないが、私が一方的にしゃべっていたからだろう。

小食のカリメロさんと点心7つほど(160ドル)平らげ、バスで親父の店へと向かう。

私はいつも最初に親父の店に顔を出す。この店でしか買わないと決めているからだ。おそらく在庫・規模・実力ともに中古時計店としては香港一だと思う。

緊張をともなう期待、しかしこの日は残念ながら店主である親父がオーストラリアへ買い付けに出かけていて留守、太太(タイタイ:奥さん)と末弟が店番をしていた。預けていたチュードルクロノの修理代金、一押しの在庫などを国際電話で親父と話す。やはり太太では要領を得ない。スポーツ系の在庫は少なくなっていたが、ロレックス創成期の作品やクッションケース、角型などノンオイスター系のアンティーク、少し前のオイスターデイト系の在庫だけでも100本以上はあるはずなのだが次回に期待していただくしかないようだ。

カリメロさんはノベルティグッズの在庫量の多さに圧倒されて立ち尽くしていた。親父がいなかったのは誤算であったが、さっそく時計スタンドや小冊子などを買い込んでいるカリメロさんを見て少しほっとした。

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